見 習 い 呪 術 師 の 密 か な 憧 れ
いつも真っ暗な魔界の空。どこか別の世界には真っ赤な空があるのだとか。
それはきっととんでもなく。憧れ色に近いのだろう。
そしてきっととんでもなく。ボクの心を締め付けるのだろう。
ある日ボクの作った新しい呪術が不自然な声を上げだした。
それは幸せに満ちた声でもなく絶望に色づいたものでもなかった。
例えるならばもどかしさ。捩れて焦がれて引っ繰り返りそうなくらいの歯痒さ。
誰かはそれを止めろと叫んだけれど、ボクだってそれを止めたくて仕方なかったのだけれど
何故かボクはその声を塞ぐことは出来なかった。
ボクはその呪術を壺の中に封印して、まだ見習いですから、と無理して微笑んだ。
周りも、早く上手くなれ、と頭を撫でてくれたけどボク心の中にはもどかしさしか残らなかった。
あの声に似た。捩れた焦がれた、歯痒さが。
その日を境にボクの作る呪術は同じような声しか上げなくなった。
三日も経つと等々師匠が切れて、ボクから杖を取り上げてボクを部屋に閉じ込めてしまった。
「頭を冷やしなさい」
師匠は至って冷静に叫んだし、ボクも申し訳なさいっぱいで部屋の中に入った。
ボクの夢は立派な呪術師になることで、師匠はとても尊敬の出来る呪術師で。
みんなも時には厳しいけれど、でもすごく優しくて。
ボクの今の生活に不平不満などはなく。あるとすればボクの不甲斐なさだけであって。
ランプもない真っ暗な部屋の中でボクは一晩中空を眺めていた。
何かを考えようと思った。色々考えようと思った。
どうしてあんな不自然な声が出たのか、とか。色々。
でも何も考えられなかった。考えてしまったらボクの中の何かが壊れてしまうのではないか、と。
そんな事あり得ないと思うけど。でもなんだか考えられなかった。
「憧れ?」
っていうより望み。
窓から食事をこっそり持ってきた同じ呪術師見習いが不思議そうな顔をして言った。
「本当はさ、呪術師になりたくないんじゃないの?」
そんな事、あるわけ無かった。
だって呪術師は小さい頃からの夢で。両親もそりゃ立派な呪術師だったけど親から圧力でそれになると決めた訳じゃないし。
・・そう、自分で決めたんだ。だからそんなわけ、無い。絶対。
自分が呪術師になりたくないなんて。
別の世界にあるという、赤いオレンジの綺麗な空。
代わり映えのしないこの世界と、一体どう違うのだろうか。
もしかしたらどこも変わらないのかもしれない。でもすごく違うのかもしれない。
次の日師匠はボクを部屋から出してくれたけど、ボクはもう少し閉じ込めていて欲しかった。
まだ自分の気持ちに整理がついていない、というかもっと更にぐちゃぐちゃになってしまっている。
どうしたらいいか分からずに、気を抜いたら泣き出してしまいそうだった。
でも、ボクも一応呪術師見習い。平気そうな顔をして見せた。そんなの、小さな女の子だってやってるんだから。
その日作った呪術も、結局昨日と変わらない同じような声だった。
更に酷いもどかしさを溢れさせて、とうとう耳を塞ぐ人もいた。
ボクも耳を塞ぎたくなったけど、ボクの作った呪術だから。ボクが拒絶するわけにはいかないから。
師匠は凄く怒った顔をしていた。ボクは破門されるかもしれないと思った。
「抱きしめてあげなさい」
師匠はそう言った。ボクの期待を裏切って、予想していなかった言葉を言った。
ボクは言われた意味こそよく分からなかったが、その呪術を清書した。
今までで一番綺麗な文字で、ボクの本に刻んだ。
もどかしさはまだ胸の中で渦を巻いて、いつか聞いた唄のようにいつまでもいつまでも耳の裏に残る。
本を開く度現れるその呪術は使って欲しそうにボクを撫で回すけれど。
そしてその時ようやく気付いた。
「彼」はボクの密かな憧れの形だ、って。
それを代わりに嘆いてくれていたのかもしれない。
耳を塞ぎたくなるほどに、強く、強く・・・。
その呪術は、空をオレンジに変えてしまう強力な呪術でした。
.......end